Oct 12, 2009
料理がおいしかった名古屋のホテル
名古屋のホテルはかなりたくさんありますが、私が訪問した場所はどこも食事が美味しかった記憶があります。宿泊をしなくても、レストランやカフェで食事だけをすることもしばしばありました。ケーキとケーキビュッフェなども見た目も洗練された非常に美味しかったです。ちょっと贅沢な気分を味わいたいと思うとき名古屋のホテルのレストランで食事をすると、非常に満足すると思っています。ホテルのご予約、仕事などで日程が決まっている場合、早くするには越したことはない。しかし、自由な旅行をしているときは、そのタイミングに苦労する。早く決定し、行動が制限されてしまって、遅すぎると、食事の準備ができてたりする。しかし、旅先で面白そうな宿を見つけ、遅くなったことでキャンセルの空き領域を良好な状態で使用できるため、ホテル予約は苦労だが、面白味もある。
妹よ、母の遺骨よ−。フリーアナウンサー、生島ヒロシ(60)が12日、東日本大震災による津波と火災で廃虚と化した故郷・宮城県気仙沼市に住む妹と連絡が取れなくなっていることを明かした。実は先月、2人の母親が死去、本来はこの日、妹が遺骨を持って上京する予定だった。生島自身も仕事先の仙台市で被災したため、急きょタクシーを乗り継いで帰京したことも打ち明けた。
「まさか、こんなことになるとは…」。普段は温和で軽妙なしゃべりの生島がサンケイスポーツの取材に、声を震わせた。
「きょう12日に妹が母の遺骨と位牌を持って、気仙沼の自宅から上京する予定だったんです。でも、きのうから、夫とともにまったく連絡が取れない。心配です」。生島の妹、喜代美さん(57)=現姓・亀井=はこの日、先月2日に肺炎で死去した母、美ち子さん(享年85)の遺骨と位牌を持って上京する予定だったという。
「13日に都内のお寺で、四十九日法要と納骨式を行う予定だったんです。実は、気仙沼に住む弟の嫁の両親も行方が分からなくなっていまして…。18歳までいた町でしたから、友達も多い。12日朝に仙台から帰ってテレビを見たら、気仙沼が火の海、津波の中にあって…。あの中で妹が母の遺骨を抱いて逃げているかと思うと、胸がつぶれる思いです」
安否を気遣い、沈痛な胸の内を明かした生島。実は地震が起きた11日午後2時46分ごろ、自らも仙台市内のホテルで講演会の真っ最中だった。突然の揺れで脇にあった高さ約2メートルの重い装飾木製ポールが倒れ、頭をかすめて演台にゴンとにぶい音を立てた。
「ぶつかったら、おそらく大けがをしてました」と生島。その後も激しい揺れが続いたため、講演は打ち切りに。12日には政治家との対談など都内で3つの仕事があり、翌13日には母の四十九日法要が続くため、同行の男性マネジャーと急いで帰京することを決めた。
ところが、新幹線や飛行機などはマヒ。午後4時半ごろ、仙台市内で相乗りを懇願してタクシーをつかまえ、余震で揺れる中、国道4号線を走り計5台を乗り継いだ。都内の自宅にたどりついたのは12日午前7時過ぎ。仙台−東京間は直線距離で約300キロ。約15時間かかったため、時速20キロ平均で戻ったことになる。料金は心付けも含め合計で15万円ほど。しかし、予定の仕事は結局、すべて中止になった。
生島は過去にも、10歳の時の1960年、チリ地震の津波に襲われた気仙沼市で、命からがら山に逃げたことも。04年には仕事先の新潟県から帰る途中、新潟県中越地震に遭遇し、新幹線の車内に6時間以上閉じ込められたこともある。
「地震は何度遭ってもイヤなもの。60年生きてきて、今回の地震が一番恐ろしい。みんな無事でいてくれればいいが…」と祈るばかりだ。
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舞台などの休演が相次いだ12日、東京・日本橋三越劇場では女優、若尾文子(77)主演の舞台「女の人さし指」(21日まで)が約150人の観衆が見守る中、無事に上演された。
サンケイスポーツの取材に、演出を務めた石井ふく子さん(84)は「本当に大変だったの。スタッフはファンのために、劇場に泊まり込んで12日の公演に備えたんです。公演ができてホッとしています」と苦労を明かした。
地震発生直後から12日の公演の問い合わせが多く寄せられ、当日午前8時15分に上演を決定。地震発生が11日昼の部を終えて約1時間後だったため、夜の公演は急きょ取りやめていた。その代替公演について石井さんは「19日に夜の部を作り対応します」と約束した。
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宮城・栗原市出身のお笑い芸人、狩野英孝(29)が12日、ブログで被災した実家と連絡が取れたことを報告した。狩野の実家は、1500年続く櫻田山神社の神主の家系。2008年の岩手・宮城内陸地震で鳥居が崩壊するなどの被害を受けており、今回の震災でも心配されていた。
12日午後3時53分に更新した狩野は「お昼すぎに実家の親と連絡がとれました。いまだに停電や断水で大変みたいですが命は無事です」と安堵。一方、「神社の灯ろうが倒れたり、崩れたりと大変危険みたいなので近づかない方がいいと思います」と今回も被害を受けた様子。狩野は12日に仙台市でイベントを予定していたが、中止となった。【リピート】着物帯in の4つのヒント
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