Oct 07, 2010
寝室の窓ガラスが割れ、ガラスの修理をお願いしています
今住宅用のガラスはほとんどされているので、そう簡単に割れることはないといいます。しかし、寝室の窓ガラスが割れてしまったことがあるのです。すぐにガラス修理をお願いしました。なぜ壊れたのかは不明です。何かが当たって壊れてしまったのだと思うのですが。ガラスの修理費は思ったより高くついてしまいました。彼らが壊れてから修理交換するというのは自然な考えですね。しかし、我が家を守るセキュリティのようであるが、キーの場合には、それが適用されていない。やはりキーの交換というのは、セキュリティ目的のため、セキュリティの能力向上のため定期的に実施することです。鍵の交換は壊れるずっと前に防犯のためにする必要があります。
◇小学校工事の年度内完成不可能に 出馬予定3氏、きょう公開討論
公共工事の業者選定問題をめぐり、町長と町議会の根深い対立が続き、町政停滞を招いている藤崎町では10月の議会解散に伴う町議選に続き、15日には出直し町長選(20日投開票)が告示される。立候補予定者は前町長の小田桐智高氏(51)▽前町議の平田博幸氏(54)▽旧藤崎町長の佐々木弘文氏(64)の3人。町民がどんな審判を下すのか注目されるなか、13日に3氏が出席して町民有志主催の公開討論会が開かれる。【松山彦蔵】
対立のゴングは町議会6月定例会で鳴った。5月27日行われた町立藤崎小グラウンド・プール整備工事の指名競争入札を巡り、平田氏が「バックマージンの話が公然とされている」と疑惑を指摘。当時、町長だった小田桐氏は「見返りの金銭を受け取った事実は全くない」と完全否定した。さらに他の町議が「町の公用車2台を町長の実弟から随意契約で購入したのも問題だ」と追い打ちの批判を加え、結局、工事契約案は否決された。
町長と議会の対立は09年9月、小田桐氏が推進しようとした「東部開発構想」からくすぶっている。町東部に道の駅やサッカー場などを整備する大規模開発だったが、「町財政を圧迫する」と町議会の反対で挫折した。
こうした背景で持ち出されたのが今回の疑惑だった。本来なら町議会は地方自治法の百条委員会を設けて徹底的な真相解明をすべきところだが、双方の感情的な非難の応酬に終始した。6月の定例会で否決された工事契約案件が7月の臨時会に再提出され、再び否決されるなど泥仕合の様相を呈した。
8月以降は議会が町長の不信任案を可決▽町長が議会を解散▽改選後の議会が再び町長の不信任案可決▽町長失職、出直し町長選−−という経過をたどった。
このため、藤崎小の工事は今年度中の完成が不可能になり、決まっていた文部科学省の交付金3700万円が受けられなくなる事態に。町財政課は「合併特例債でやりくりくりして穴埋めする方針」という。
また、常磐小の校舎・体育館などの建設も12年度から総事業費約26億5000万円で計画中だが、これも8月臨時議会で実施設計案が否決され、交付金申請のめどが立っていない。その一方、想定外の町議選と町長選実施で約1600万円の費用がかさんでいる。
両者の対立に「一体何があったのか」と首をかしげる町民はいまだ多い。町長選を機に「町民に見える政治」への転換が求められている。公開討論会は13日午後3時、町ふれあいずーむ館で開かれる。
11月13日朝刊
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大震災の被災地に息の長い支援を―。相模原市立上鶴間小学校(同市南区上鶴間)の児童が12日、これまでに自分たちが行った支援活動を地域住民らに報告した。原発事故の避難者も招いて体験を聞き、支援の継続へ思いを新たにした。
児童らは同校に福島県いわき市出身の教諭がいた縁で、同市の市立久之浜第一小と交流している。第一小の児童に不足している物資を聞き、募金で飲料水や新鮮な果物などを送ったことを報告。
必需品が行き渡るようになってから紅茶と菓子を送ったところ、現地から届いたというお礼の手紙を読み上げた。
住民らに対しては「被災地はこれから寒い寒い冬がやってくる」と、防寒具の提供を呼び掛けた。
同県南相馬市の自宅が福島第1原発20キロ圏内の警戒区域に指定されたため、相模大野駅前の次女宅に避難している相浦(さうら)秋子さん(86)も招待。相浦さんは児童らの報告に「こんなに頑張ってくれてありがたい」と感謝した。
自宅が津波で流されたものの、地震当日は偶然隣町にいて助かったという相浦さんは「あの日」の体験を児童に語るなど、さらに交流した。
寒さと不安の中、ビニールハウスで一夜を明かしたという話を聞いた6年の土山真智子さん(12)は「自分の家に帰れないのは大変だと思った。これからもできることを少しずつやりたい」と話していた。
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